タスキは、準備した人にしか渡せません
税理士の森田です。
この10月、池井戸潤さんの小説『俺たちの箱根駅伝』が、日本テレビ系で連続ドラマとして放送されます。
私は池井戸作品を長く読んできました。そして中学から大学まで、長距離を走っていました。
つまり私にとっては、二重に他人事ではない作品です。
しかも今年の6月、公式アカウントが立川ロケの様子を投稿していました。撮影が行われたのは昭和記念公園。エキストラの方々も大勢参加して、本番さながらの熱気だったそうです。
事務所から歩いていける場所です。思わず何度も見返してしまいました。
立川は、予選会の街です
撮影されたのは、予選会のシーンだったそうです。
これがどういうことか、伝わるでしょうか。箱根駅伝の予選会は毎年10月、実際にこの昭和記念公園で行われています。予選会の場面を、本物の予選会の舞台で撮ったということです。
本戦のような華やかさは、予選会にはありません。
それでも予選会には、予選会のドラマがあります。
あそこで走っているのは、タスキをつなぐ「資格」を得るために走っている人たちです。本戦の舞台に立てるかどうかが、その日まだ分からない。一人の走りがチームの結果を左右し、たった数秒、たった一つの順位で明暗が分かれる。
正月に多くの人が見るのは本戦ですが、そこに至るまでに、これだけの物語が積み上がっています。
名刺の写真は、10年前の私です
少し恥ずかしい話をします。
私の名刺には、東京マラソンを走っている自分の写真が大きく載っています。両手を上げて、沿道に応えているところです。記録は3時間29分28秒。当時はそれなりに走り込んでいました。
ところが最近は、仕事と子育てですっかり走れていません。
名刺交換のあとに写真の話になって、「そろそろ詐欺になってきました」とお答えするのが、ここ数年の定番のやりとりです。笑っていただけるので、名刺としては役目を果たしているのかもしれません。
それでも、この写真を差し替える気にはなれません。
走ってきた時間は、私が仕事で使っている言葉の土台になっているからです。「未来へタスキを繋ぐ税理士」という肩書きも、思いつきで並べた言葉ではありません。
私は、その予選会に出られませんでした
ここからが、本当に書きたかった話です。
私は大学で陸上部に所属していました。長距離です。
ただ、当時の部は人数が揃わず、予選会に出場することすらできませんでした。チームとしてエントリーする条件を満たせなかったのです。走る場所そのものが、私たちにはありませんでした。
ところが、私が卒業した翌年から部の強化が始まりました。
人が集まり、予選会に出るようになりました。やがて母校から学連選抜で走る後輩まで現れました。そして今、学生たちは本戦出場を目指して走っています。
学連選抜というのは、予選会で敗れた大学の中から選ばれた選手たちが組む混成チームのことです。
『俺たちの箱根駅伝』で描かれるのも、まさにこの学生連合です。予選会で一度は敗れた選手たちが、それでも本戦のスタートラインに立つ。あの物語を読んだとき、私は後輩たちの顔を思い浮かべていました。
不思議なもので、悔しさはありません。
走れなかった時代があったから、今がある。そう思っているからです。
私たちが渡したのは、記録でも実績でもありません。部が続いているという事実そのものでした。
人数が足りず、予選会にも出られず、それでも辞めなかった。あの時代に誰も残らなければ、翌年の強化そのものが始まっていません。今走っている後輩たちも、いないことになります。
今はOB会の幹事として、少しばかりのお手伝いをしています。
自分が立てなかったスタートラインに、後輩たちが立とうとしている。これが、思っていたよりずっと嬉しいのです。
タスキは、一瞬で渡るように見える
中継所でタスキが渡る場面は、テレビで見れば数秒です。
けれどその数秒のために、前の走者は何キロも走ってきています。そして次の走者は、ずっと前から中継所で体を温めて待っています。
駅伝を走っていた頃の記憶でいちばん鮮明なのは、走っている最中ではなく、中継所で待っていた時間の長さです。まだ来ない、まだ来ない、と思いながら、体が冷えないように動き続ける。あの落ち着かない時間を、今でも覚えています。
タスキは、渡す側だけが準備しているのではありません。受け取る側も、ずっと準備しています。
繰り上げスタート
駅伝には「繰り上げスタート」というルールがあります。
前の走者との差が一定以上開くと、次の走者は本来のタスキを受け取らないまま、別のタスキで走り出さなければなりません。
中継所で待っていた選手が、係員に促されて走り出す。少し遅れて到着した前の走者が、渡せなかったタスキを握ったまま立ち尽くす。
走った者にとって、あの光景ほどこたえるものはありません。
会社に置き換えると、これは廃業です。あるいは、思っていたのとは違う形での売却です。
走ってきた距離が短かったわけではありません。会社が悪かったわけでもありません。ただ、渡す準備が間に合わなかった。それだけで、つないできたものが途切れてしまいます。
では、準備とは何か
身構えるような話ではありません。
私が思う準備の入口は、「誰に渡すか」を一度口に出してみることです。決めるのは後でいい。まだ迷っていていい。ただ、話し始めているかどうかで、その後の何年かがまったく変わります。
自社株の評価も、経営権と財産権をどう分けるかも、税制の特例をどう使うかも、後から整えられます。私たち専門家がいるのはそのためです。
けれども「まだ何も話していない」という時間だけは、あとから取り戻せません。
もうひとつ大事なのが、数字で語れる会社にしておくことです。
受け取る側からすれば、渡されるのは肩書きではなく会社そのものです。今どうなっていて、これからどこへ向かうのか。それが数字で見えている会社は、受け取る側も走り出しやすい。中小企業支援と事業承継が私の中で両輪なのは、ここでつながっているからです。
そして、これがいちばん伝えたいことなのですが。
渡す準備ができている人だけが、その日を楽しみにできます。先送りしている限り、承継は「いつか来る面倒なこと」のままです。準備が進むと、それが「自分が育てたものを、次の人に手渡す日」に変わります。同じ出来事のはずなのに、まるで違う。
私は自分の代で本戦に届きませんでした。
それでも、渡したものは走り続けています。渡した先を自分で走れなくても、渡すこと自体には意味がある。これは、走ってきて本当によかったと思っていることのひとつです。
10月、同じ月に
自分が立てなかった予選会のスタートラインが、事務所のすぐそばにあります。
その場所で撮影されたドラマが、10月に放送されます。そして同じ10月に、私は事業承継の話をします。
中央区立産業会館の主催で、10月15日(木)14時から。タイトルは「社長、その会社、誰に渡しますか?」です。参加費は無料、先着50名。
後継者がまだ決まっていない方にも、すでに決まっている方にも、どちらにも聞いていただける内容にしています。
チラシに一文だけ、自分の言葉を入れさせてもらいました。
中継所で待っている人がいるうちに、渡す準備を始めましょう。
お手伝いさせてください。
中央区立産業会館 第1集会室/14:00〜15:30(開場13:30)/先着50名・参加費無料